持続可能な制服の在り方を考える
増える「ジェンダーギャップ対応の制服」と納期の遅延
一昔前の中学校制服というと、男子は詰襟学生服いわゆる学ランで、女子はセーラー服やイートン服が多い印象でした。そこから時代が変わり、2010年代後半から全国的にLGBTQ対応として性差の出にくいジャケット仕様にモデルチェンジをしたり、今までの男子用・女子用の呼称をI型・II型やA型・B型に変更して性別問わずどちらを着用してもいいように規定を改めるなど、ジェンダーギャップに対応する流れが進んでいます。
時代の求める価値観に合わせて制服の在り方が変化していくことは当たり前のことですので、変化に抗うように騒ぎ立てるようなことをするつもりはありません。ただし供給する立場としては、ジャケット仕様のジェンダーギャップに対応したいわゆる「ジェンダーレス仕様の制服」の内容によっては、製造から販売するまでの学校様及び購入者様の目に触れない過程において負荷が増すケースが多くみられるため、問題視しています。
というのも、従来の中学校制服では男子は全国共通の学ラン(ボタンのみ学校別注のケースあり)で女子は地域共通デザインであったりする(学校ごとの違いは衿等につくラインの本数や色程度の差)ので、比較的ロットがまとまっていました。そのため一般衣類に比べたら低くはありますが一定の効率性がありました。
しかし「ジェンダーレス仕様の制服」にモデルチェンジする際に、学校ごと全く別のデザインに改めるケースが多くなってきたことで小ロット多品種化が進み生産効率が悪化し、供給側の負担が多くなるケースが増えてきています。2022年春は東京の制服販売店の大幅納期遅延が話題となりましたが、2023年春はこのモデルチェンジの急増が原因の一つとして全国各地で遅延しています。
小ロット多品種化された制服の課題①
この小ロット多品種化された制服の課題として
- 在庫過多で保管費も増加し資金繰りも悪化するが、備蓄せずに全数受注生産では製造が間に合わない
- 女子体型専用スラックスのような性差体型別アイテムが導入されると、それも学校ごとに用意が必要
- 新入生全員が同じ日から着用する為、何か一つのアイテムも売り切れ(在庫0の状態)にできない
- 1着当たりにかかる製造コスト(原材料以外)や在庫リスクは明らかに増加するが、生徒家庭のために価格は従来比と同程度あるいは低価格を求められる
これらの点があります。
※LGBT対応として女子用スラックスの導入が各校で進みましたが、購入者は2023年時点は多くはない状況の(ほぼ出ない学校が多い)ため、適正な生産数・在庫数の予測が難しい状況下です
※3.ですが売れ筋アイテムの中心サイズのみを扱って、それが売り切れれば『他の販売店に行ってくれ!』と追い出す販売店や、製造ひっ迫を理由に追加製造を一切断るメーカーもあるとのことです(2023年3月)
当社所在地の静岡市清水区がまさにそのケースで、学校ごと個別にモデルチェンジを進めた関係で、清水区内の十数校それぞれが異なるデザインにモデルチェンジとなりました。そのため供給側のメーカー及び地元販売店は、価格据え置きで各学校ごと制服の試着見本や在庫を用意する負担が増えています。
小ロット多品種化された制服の課題②
また小ロット多品種化は縫製だけではなく、原材料である生地をつくる織物工場の生産効率も悪化します。
学ランやセーラー服は上衣も下衣も同じ無地の生地を使ったスーツスタイルと言えますが、モデルチェンジする場合は上衣が無地、下衣はチェック柄を希望されることが多くあります。チェック柄そのものは、学校の求めるイメージを表現するのにはもってこいですが、生地の製造段階において無地とチェック柄では1反当たりを織る時間がけた違いに違ってきます。なぜそんなに時間が異なるのか?は実際の製造現場を見れなくても過程を想像いただければすぐに納得できます。
この事を踏まえ、モデルチェンジのスケジュールとして、以前では学校様に対し以下の図でお示ししています。※2023年時点ではもう実現不可能になりました。1月手配の生地が翌年2月納品になることもあります。
この図の通り、生地の発注から生地のアップ(完成)までは3か月はかかります。ただ、無地かチェック柄か、発注時点の織物工場の混み具合や原材料調達状況によって、納期がもう少し延びることもあるのが現状です。
しかし、新制服決定を秋冬に延期するが、着用は変わらず翌年4月からと堅持する学校様もあります。その場合は当然その時点から生地発注となりますので、生地アップは翌年2月~3月。そこからようやく縫製ですがこの時期はちょうど高校合格発表と重なり、追加製造で非常に忙しい時期と被り縫製工場はパニックになります。
この点をプレゼンテーション前に説明はするのですが、ご理解いただけない学校様は多くあります。
「他社はそんなこと言ってない、できないならご辞退ください」と。実際取り扱えなくなります。
幸いにも当社案を採用頂いた学校様に関しては深くご理解いただいており、仕様検討の意見がまとまらず時間を長くとる必要がある場合は、実施時期を1年ずらす対応をしていただいております。
課題解決のためにどうすればいいのか?
学校制服は大手アパレルのように複数国に販売できるアイテムではないためスケールメリットは出しにくい衣類です。小ロット生産だからと全てを受注生産で対応できれば理想ですが、時間的に間に合いません。
原反工場も縫製工場も、年間を通して安定的に仕事を作ることで技術を持ったスタッフを雇用しています。
繁忙期やスポットで必要なときのみに臨時で集まってもらって、という不安定な雇用では雇用主側もスタッフも安心して働くことができません。我々はON OFFで動くスイッチの付いた機械ではないのですから。
販売価格を上げにくく生産体制も年々ひっ迫していく将来の予測が困難な状況であるVUCA時代でも生き残っていくためには、技術革新と淘汰を繰り返し、時に愛着のある仕事を失う事があっても、製造コストやキャパシティーを無視した無謀な内容で目先の売上を獲得のではなく、持続可能な事業・サービスを示していく必要があると考えています。
「ジェンダーレス仕様の制服」を持続可能な方法で供給するには
持続可能な提供をするための案の一つとして、自治体単位で地域統一型の制服を導入することがあります。全国各地で導入がニュースになっているのでご存じの方も多いと思います。この場合であれば供給とジェンダーレス対応を両立できると感じています。ただし導入に向けては自治体単位での協議が必要ですが、中には動きを無視して先行して学校独自デザインで決めてしまう学校もあります。そのため、必ずしもどの地域でも統一型を実現できるわけではなりません。
そのため、当社では統一型を導入しない自治体のモデルチェンジ検討校に対しては
- 他校(その学校とは距離が離れている地域)のアイテム・生地(無地・チェック両方)を流用する
- その学校内での型数を集約する
という提案をしています。
もちろん1.の場合はプレゼンテーション時にその生地が採用されても、その後の検討委員会で仕様変更を希望されたりすることもあるので、必ずうまくいくわけではありません。ただ毎回、原反と縫製の生産背景があった上での提案と説明はします。ちなみに他社さんでもよく行われている方法です。
もうひとつ、2.のその学校内での型数を集約する男女兼用型を提案しています。
男女兼用アイテムとは
男女同デザインのブレザー採用校は昔からありますが、それらはデザイン上見た目は同じでも男女で型紙を変え専用型で作り分けています。男女兼用型ではもう一歩踏み込み、デザインが同じだけでなく男女どちらが着てもフィットする兼用の型を最新のパターン技術で割り出しています。
ブレザーの背中心丈を短く、打ち合わせをどちらでも閉められるチェンジボタン方式を採用することでこれまでできなかった異性兄妹・姉弟間での共有もできる特徴があります。
学校制服のジャケットには多くのサイズ規格が設定されています。そこに足して袖の長さについても販売店舗内で個別に合わせるカスタムオーダー対応をしている場合が多くあります。というのもジャケットのサイズ合わせでは、袖の長さがポイントとしてあるからです。
「顔まわり」「袖先」「パンツの裾」などは体の先端部分にあたるため視線が止まりやすい箇所です。なのでジャケットのサイズ感に関して、「袖先」が長くたるんでいると一気にルーズな印象が強くなります。
その一方で着丈は極端な長短が無ければ多少のサイズでの違和感を覚えにくい箇所です。学校制服のジャケットはグローイング(後加工で袖を伸ばすことができる)が一般的ですが、逆に長すぎる袖は内側に折って手縫いで止めておきます。こうすることでわざわざ袖の短い別注を作らないでいいですし、成長し伸びた時にはもう一段階袖を出すことができます。身長に合わせたサイズ、体型に合わせたA体B体、着用者ひとりひとりに合わせた袖丈調整で、制服はお子様の現在~3年後の体型にフィットさせます。
上記の方法は、当社が考えるサスティナブルな制服供給方法であって、唯一の回答というわけではありません。
内容に応じて、これまで通り男女別に作り分ける提案もします。
ただしその場合でも共通して必要なのは、ジェンダーフリーのみにフォーカスを当てるのではなく、SDGsを背景に持続可能な制服環境(製造面、供給面、販売面)を構築するためにはどうするか?を学校や制服検討委員会に参加されるご父兄にもお伝えした上で共に解決方法を模索する事だと当社は考えています。
環境負荷の観点からの取り組み
元々ファッション産業は、製造にかかるエネルギー使用量やライフサイクルの短さなどから環境への負荷が非常に大きい産業と指摘されていますが、学校制服については従来の詰襟学生服のようにモデルチェンジサイクルが長いアイテムであれば、シーズンごとの廃棄が少なく、お下がり(リユース)の活用率も高くあります。
お下がり制服は校内バザーでもよく出ている他に学校のロッカーにも置いてあったりして、年度途中に転校してきた子用やネグレクト家庭で制服を用意できない子に貸与もしていると聞きます。ですのでファッション衣類や自動車、住宅、白物家電と同じように制服にも中古市場はあります。
近年サブリースの園服も出てきましたが、ファッション衣類のサブリースの場合は破損すると修繕費用や弁償金が発生していますので、汚すことが前提の幼少期衣類としてどういう規定なのか?このサービスは継続できるのか?ということは注視しています。
このお下がり(リユース)の規模は結構大きく、当社がほぼシェアを取っている学校制服の場合でも、入学者数分がきっちり売れているわけではありません。昨年の受注着数と在籍生徒数からの計算で、新品購入割合は多い地域で8割、少ない地域で5~6割程度がで実売数が推移していますので、少なくとも2割以上はお下がりを活用する世帯がある、と当社では考えています。
このような感じの制服の中古市場ですが、制服をモデルチェンジするのであればこれまであったお下がり制服と今在校生が着ているお下がり予備軍は全て使えないことになりますので、環境負荷面と金銭面を考慮すれば変更せずの状態がベストだと思います。新旧制服混在の移行期間を設ける学校もありますが、新制服でないといじめや仲間外れされないかと心配する保護者さんは多くいます。
しかしそこからあえて学校別の「ジェンダーフリーに対応した制服」へとモデルチェンジするのであれば、生産から着用はもちろん2次流通から廃棄に至るまでの環境負荷を考慮したサステナブル(持続可能)
な衣類の取り組みもちゃんと考慮する必要があります。
独自デザインとリサイクルのハードルを下げる工夫の関係性
制服をリサイクルするにあたってエンブレムやパイピング、複雑な刺繍等はリサイクルのハードルを上げる要因となります。また販売価格も上がります。ファッション衣類に関しても言えることですが、印象を決定づけるのは個性的に装飾を施されたアイテム単品ではなく組み合わせと着こなし=トータルコーディネートです。
ジャケット、シャツブラウス、スラックスとスカート、ネクタイやハンカチ、バッジ、ネームプレート等の分別可能なアイテム組み合わせで十分に学校オリジナル制服をコーディネートできます。
ただし、ドレス効果を高めるためや、その地域の学校・制服への思い入れ(愛着)を具現化するために、ご要望に応じて取り入れることも多くあります。
現状の衣類リサイクルについてはSDGsを背景に、各メーカー様々なことを検証している状況かと思います。リサイクル方法についてはペットボトル等の素材でもそうですが、中身はカラにしてラベルもキャップもバラす必要があります。衣類のように縫ったり貼ったりと加工がされている場合は、バラす手間賃が非常にかかるはずです。もちろん今後の技術革新によってこのあたりの課題は解決されるかもしれませんが、それがいつになるかはわかりません。
では製品そのままリユース品として発展途上国に送る活動もありますが、送った先で廃棄されて「衣服の墓場」のような状況になっているだけという問題もあります。本当に相手側が欲しがっているのか?こちら側が不要なものを押し付けているのではないか?ということはちゃんと確認する必要があります。
形態は機能に従う
モデルチェンジの制服プレゼンテーションを勝ち抜くためであろう個性的なチェック柄やパイピング等の装飾で差別化をした採用モデルを見ることが多くあります。また学園物テレビドラマ等で着用される制服は見栄え良くするためふんだんに装飾が施されています。
そのため、もしかすると一般的には制服のデザインとはそのような装飾、デコレーションととらえられている感があるのかもしれません。
しかしデザインとは(ラテン語のdesignare※デジナーレに由来)その綴りにsignという語が含まれているように、概念や体験を記号化する『設計』という意味が込められています。提示された諸条件と、その他いまだ認知されていない事案がないのか状況を把握して潜在的な問題をあぶりだし、その解決策を具現化する。そして周辺環境やクライアントの要望、予算、それら全てをふまえ最適解を導き出すことです。
『形態は機能に従う』
これは近代建築史にも名を残すアメリカの建築家ルイス・サリバンによる言葉ですが、制服においても同様で、例えばスーツのポケットのフタ。スーツのポケットのフタは「フラップ」と呼ばれ、雨やホコリなどが入らないように作られたもので、元々は装飾ではなく機能面として作られたものです。屋外にいる時にポケットに雨や塵、泥汚れが内部に入らないようにするための機能があります。このようにデザインは機能を最大限に発揮するためにあるべきで、全ては説明可能であることが必要です。
当社の公立学校の制服提案には、
・なぜこの生地を使い、この形状にするのか。
・この装飾は目的と予算が釣り合っているのか。
・LGBT対応だけでなく、今後の持続可能な社会のために生徒・学校・地域のためにできることは何か?
・10年後20年後も地元の窓口として、商店が商売を継続できるようにするためにはどうすべきか
・地域に長く愛される制服となるためにはどうあるべきか?
を『デザイン=設計』しています。
経緯と機能を理解した上で着ることによって、決められた制服を何気なく着ることに比べ圧倒的に見える世界は広がります。
まとめ
学校制服は学校、地域、生徒のシンボルとなるとともに主体性を育むための最適なツールともなります。
ジェンダーフリー・LGBTQについて向き合った制服であることは大前提に、もっと広義の視点、SDGsの複数のターゲットを解決することができるツールに昇華できると当社では考えています。
まず、ジェンダーフリー・LGBTQについて、SDGs 持続可能な17の開発目標と169のターゲットのひとつで
と謳われています。
全世界でこのSDGs17の目標に向けてあらゆる活動をしていますが、個々の目標にひとつずつ解決策があるわけではありません。貧困、飢餓、教育、女性蔑視はその原因も問題解決の糸口も複雑に関連しています。
当社では、学校制服というツールには『5 ジェンダー平等を実現しよう』と共に
これらの目標に対して問題解決の糸口となる可能性があると考えます。
現時点という‘’点‘’においてはLGBTQがクローズアップされていますので『5 ジェンダー平等を実現しよう』に対応した価値観のアップデートができていれば最適解でしょう。
ただしその後を中長期的に’’点‘’ではなく‘’線‘’という観点でとらえると、ジェンダーレス・LGBTQ対応だけでは様々な歪み、課題が噴出してくるのではないでしょうか?
「ジェンダーレス対応制服」だけではない「持続可能な制服」の在り方を模索する必要があると考え、経営革新を取得し実行しています。